今も昔も悩み事はあまり変わらずっと知ったのはお恥ずかしいんどえすがここ最近のこと💦江戸時代の思想家である本居宣長も様々な経験をされてきたのですが、悩み多き人だったのかもしれません。古事記変さんにあたり、様々な方と交流してきておりますが、現代を生きるこの時代とあまり大きく変わっていない事も多いのかもしれません。妬みや嫉みといった事は、今に始まったわけではなくこの時代にも当然あり、葛藤され悩んで歌に表現している。

私達はデジタルというツールを使えてとても便利ではあるが、江戸時代は当然デジタルはなく資源はとても貴重だったと思います。本居宣長と真渕の間で何度も手紙でやり取りがあったそうですが、本居宣長が出版した本に対して真渕がディスった手紙を書いて送ったとのことで、単なる怒りだけではなかったのかもしれませんね。それでも書き終えていた本もその手紙を見て出版できなかったものの後に出版まで出来たというのは意味がある事なのかもしれません。

それにしてもこの時代、結構妬み多きことが多かったのかなぁっと本を読んでいると思うことがしばしば。発散することも限られているのかもしれないですしね。現代であれば、心の洗濯をしにフラッと出かけたりすることも可能ですが、移動手段がままならないこの時代悶々としていたのかもしれませんね。それでも自然は今より豊かだったみたいで桜が綺麗であるというお話しが出た時、映像としてその風景が広がり、まるでドローンで撮影されたかのようにスーッと引いた絵が現れ、桜が優しい風に吹かれる姿がなんとも美しい事。

美しい事は中々本には残らないものの、この葛藤というのもの生きる何かヒントになるのかもしれませんが、良い意味での葛藤は個人的には素晴らしい経験に繋がると思っています。逆に、人を傷つけ、傷つけあうのは意味がない事。本居宣長はこの葛藤をどう生きたのかっと思うと考えてしまう。現代でも沢山の出来事がありますが、どうやら昔も今と対して変わらないということでしょうか。技術は進歩はして生きやすくなってきたのかもしれませんが、帰幽したらその便利ツールもないわけで心の在り方次第で美しく生きること、そうじゃない生き方にもなるということなのでしょう

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