平田篤胤が言う、善悪について「不幸に苦しみながら、なお徳行につとめる物は幽冥界に戻ってから神様から御賞を賜り、信頼され重用される。これが真の幸福である。現世において傲り高ぶり遊興に耽るものは永遠に神様から罰を受け捨てられるこれを真のわざわいと言う」

どんな事があっても心から善ある行為をしていれば帰還した時に、信頼されるということで、戻ったからと行っても現世でいう物質的なご褒美では決してないという事です。まぁ、これは当たり前なのですがモノはモノ。創り上げるモノですから、根本が違う。帰還してアレも欲しい、コレも欲しいと欲望ではないのでしょう。

善のある方が、不幸に陥れるのも様々な要因があるそうで①悪しきものと繋がっている②嫉妬、妬みなどによるものが大半。①は悪しきものに勧誘され操り人形のように振る舞ってしまうかもしれませんが、それでも個人の意志でそういった事をしているので意識的に知っている場合とそうじゃない場合では罰は異なるそうです。ここで罰を受けて捨てられるというのは、一番打撃が大きいのかもしれません。

では、善人ぶって表ではいい顔、裏では悪い顔をしている人は?っと思うかもしれませんがこれも悪意のあることに繋がるそうです。っと善ある人が本来歩むべき道の妨げをしているのはこうした輩が足を引っ張っているそうで、何だかこうスッキリしない事もあるかもしれませんが神様は全て人の行動を見ており善悪についてチェックされているという。

帰還した後に、神様から信頼され重用されるという事を知っているとちょっとやそっとのことでメゲそうな事があっても御守のように私達を守って下さるのかもしれませんね。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中